ずんだ合戦【図解と茶番で学ぶ戦いの歴史】
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最強の国モンゴル帝国が恐怖したのは神風、火薬でもなく日本のバーサーカー集団|弘安の役【ゆっくり×ずんだもん合戦解説】
世界最強のモンゴル帝国は、日本を諦めきれずさらに大軍を引き連れて攻めてきた!!!しかし待ち受けていたのは…捕まえたモンゴル兵を平気で盾にして突っ込んでくる、やばい奴らだったのだ…!▼お借りしている素材▼VOICEVOX:立ち絵(坂本アヒル様):いらすとや:#ずんだもん #ゆっくり解説 #歴史
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9割の日本人が知らない実は元寇よりもやばかった日本最大の危機|刀伊の入寇【ゆっくり&ずんだもん解説】
鎌倉時代に起きた元寇、モンゴル帝国よりも強大な元による日本の侵攻は、日本が外国に侵略されるかどうかの瀬戸際だった。そんな元寇レベルの日本の危機が、実は平安時代に起きていた。その危機の名は刀伊の入寇(といのにゅうこう)。刀伊とは女真族のこと。女真族とは、後の歴史での清国や満州の支配をする満州民族のかつての呼び名だ。この刀伊が3000人もの軍勢で壱岐と対馬、博多湾を襲撃。血の気の多い鎌倉時
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世界最強のモンゴル帝国を小さな島国のバーサーカーたちが返り討ちにした戦い|文永の役【ゆっくり×ずんだもん合戦解説】
小国だから余裕で攻め落とせると舐めてかかった世界最強のモンゴル帝国。しかし小さな島国で待ち受けていたのは、生首を並べるイカれた狂戦士たちだったのだ…!!▼お借りしている素材▼VOICEVOX:立ち絵(坂本アヒル様):いらすとや:#ずんだもん #ゆっくり解説 #歴史
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メンヘラ信長が仕掛けた最終決戦!一乗谷城、小谷城の戦い【ゆっくり&ずんだもん解説】
かつて、織田信長の義弟・浅井長政は信長に背き、金ヶ崎の戦いで朝倉義景と共に立ち上がった。信長はこの裏切りに対抗し、姉川の戦いで浅井・朝倉連合軍に勝利を収めたものの、彼らの勢いを止めることはできなかったのだ。浅井・朝倉はさらに三好・本願寺の顕如とも手を組み、信長に包囲網を敷いた。信長は四方を敵に囲まれたが、志賀の陣での比叡山での戦いは、足利義昭の介入による和睦で幕を閉じた。何度戦っても浅井・朝倉
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謀略の神と言われた天才が考えた思いがけない奇襲|厳島の戦い【ゆっくり×ずんだもん解説】
2万の兵をたった4000人で滅ぼした天才的な作戦が凄すぎるのだ!日本三大奇襲とも言われる名勝負、とくとご覧あれ!▼お借りしている素材▼VOICEVOX:立ち絵(坂本アヒル様):いらすとや:#ずんだもん #ゆっくり解説 #歴史
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天皇も恐れた東北の英雄アテルイと坂上田村麻呂の立場を越えた熱き友情物語|アテルイの戦い【ゆっくり×ずんだもん解説】
敵対していたアテルイと田村麻呂。戦いを通して彼らの中には互いに尊敬の念が生まれていた…。そんな友を救うため、天皇に直談判をした田村麻呂!しかし天皇が下した結論は…。▼お借りしている素材▼VOICEVOX:立ち絵(坂本アヒル様):いらすとや:#ずんだもん #ゆっくり解説 #歴史
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信長を追い詰めた百姓たちの本気|長島一向一揆【ゆっくり&ずんだもん解説】
あなたは「一揆」と聞くと、百姓たちが農具を持って領主に反乱を起こす、そんな戦いを想像するだろう。しかし戦国時代の一揆は全くの別物、そして想像を絶するほど恐ろしかった。それが一向一揆である。一向宗こと浄土真宗本願寺派は、信仰によって統率された恐ろしい武力を有していた。そして信者以外の武将や豪族らが戦いに加わることもある脅威的な存在だった。領地を統一しようとする戦国大名らにとって、一向宗によ
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信長、秀吉、家康、光秀がみんな死んでいたかもしれない壮絶な裏切り|姉川の戦い【ゆっくり×ずんだもん解説】
戦国時代の元亀元年6月28日(1570年7月30日/グレゴリオ暦8月9日)に近江浅井郡姉川河原(現在の滋賀県長浜市野村町付近)で行われた合戦である。織田信長は徳川家康を味方につけ、一方で浅井長政は朝倉氏との連合軍で応戦し、結果は織田徳川の連合軍が勝利した。なお「姉川の戦い」という呼称は元々は徳川氏の呼び方であり、布陣した土地名から織田・浅井両氏の間では「野村合戦」、朝倉氏では「三田村合戦」と呼
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なぜ信長はブチギレて比叡山を焼き討ちしたのか?|志賀の陣【ゆっくり解説】
1570年、この年の織田信長は大ピンチだった。義理の弟である浅井長政の裏切り、その報復戦である姉川の戦いから程なくして摂津、今の大阪市の辺りで野田城・福島城の戦いが起きた。この戦いは、姉川の戦いを終え信長が岐阜に戻ったのをチャンスと見て信長に追放された、かつて京都を牛耳っていた三好三人衆が挙兵。三人衆は摂津に野田城と福島城を築き、対信長への力を蓄え始めたのだ。三好三人衆を討つべく信長はす
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戦国史上最強の伏兵作戦|耳川の戦い【ゆっくり&ずんだもん解説】
戦国時代の薩摩にはとんでもなく恐ろしい戦闘集団がいた。その名は島津氏。島津氏といえば、家臣が幕末に通りすがりのイギリス人をぶった斬る生麦事件を引き起こしイギリスの軍艦と真正面から大砲を撃ち合い戦争したバーサーカー集団である。そんな恐ろしい子孫を持つ島津氏。当然戦国時代にもとんでもない奴らがいた。それが島津四兄弟。16代当主である島津義久や、その弟で鬼島津の名で恐れられた島津義弘が有名だ
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