オレたちのプロレスと格闘技の考察

オレたちのプロレスと格闘技の考察

怪物ジャンボ鶴田が引退会見で語った本当に闘ってみたかった意外なレスラーとは? #猪木 #長州力 #前田日明 #タイガーマスク #プロレス

動画タイプ
一般
公開日時
2026年5月16日 10:17
再生回数
6326
高評価数
190
コメント数
-
エンゲージメント率
3%
データ確認日時
2026年5月23日 00:09

動画概要

ジャンボ鶴田――その名は、どの時代においても「誰が最強か」と問われたとき、必ずその候補に挙がる男である。派手なカリスマ性や激情型のファイトとは無縁でありながら、なぜ彼はここまで“最強”と評され続けるのか。
その強さを象徴する逸話の一つが、川田利明の証言である。試合後、鼻をかんだ瞬間、左の頬が異様に膨れ上がった。原因は試合中に受けたジャンピング・ニーパットによる頬骨陥没骨折。骨の隙間から空気が入り込み、頬が風船のように膨らんだという。通常の打撃ではあり得ない現象であり、それだけ鶴田の一撃が人体に深刻なダメージを与えていた証拠でもある。プロレスは“魅せる格闘技”であるが、鶴田の技は時としてその枠を超えていた。
その鶴田の強さのベースとなったのが、山梨県という彼が生まれ育った環境にある。
ジャンボ鶴田、本名鶴田友美は1951年3月25日、山梨県東山梨郡牧丘町の、広大なぶどう農園を営む家に生まれた。生まれ育った牧丘町は起伏に富んだ地形で、幼少期から長距離の通学を日常としていた鶴田は、知らず知らずのうちに強靭な足腰を手に入れていた。小学校時代から高低差が
90メートルもあるおよそ800メートルの通学路を歩き、高校では高低差230メートルもある11キロの通学路を3時間かけて通学する日々。その積み重ねが、後のスタミナ、バランス、そして圧倒的な体幹へとつながっていった。本人は冗談めかして「僕は山梨のぶどうを食べて来たから、こんなに強いんです」と語っていたが、実際には日々の生活そのものが彼を鍛え上げていたのだ。
スポーツ歴もまた特異である。中学時代は野球をやっていたが、体が大きすぎて靴がなく、運動会では運動靴の代わりにゴム草履を履いて走っていた。中学2年の夏休みには、大相撲の朝日山部屋に親族の意向で強引に入門させられたが、逃げ帰る。高校時代はバスケットボールで活躍し、大学も強豪校である中央大学に入学する。しかし、世界との実力差を目の当たりにし、団体競技では頂点に立てないと判断し、1年も経たずに退部。そこで選んだのが、個の力が結果に直結するアマチュアレスリングだった。この決断が、彼の運命を大きく変える。競技開始からわずか2年足らずで全日本選手権優勝、さらにミュンヘン五輪出場という常識外れのスピードで頂点へと駆け上がったのである。この事実だけでも、鶴田がいかに規格外の身体能力と適応力を持っていたかがわかる。

#猪木 #長州力 #前田日明 #タイガーマスク #プロレス
怪物ジャンボ鶴田が引退会見で語った本当に闘ってみたかった意外なレスラーとは? #猪木 #長州力 #前田日明 #タイガーマスク #プロレス