Иван Махмудович Владимиров
セルビア音楽 Суза Косова(コソヴォの涙)
- 動画タイプ
- 一般
- 公開日
- 2020年5月7日
- 再生回数
- 1万8888回
- 高評価数
- 300
- データ確認日時
- 2026年5月9日 07:38
動画概要
そゔぃえと^^~(挨拶)
隙あらば初投稿です。こんな時間に作っちまったぜ。
今回はセルビア音楽の Суза Косова という曲。
コソヴォは現在、事実上独立した状態にあるが、セルビアは今でも独立を認めておらず、セルビア人のアイデンティティが宿る地であるコソヴォを想い続けている。
曲について
ジェリコ・パノナツ(Жељко Панонац)という歌手の持ち歌っぽい。そんなに昔の人でもなさそうなので、この曲もそれほど歴史があるわけではなく、民謡でもないので勘違いしてはいけない(戒め)
民謡風の美しい旋律と、ところどころ韻を踏んだ「伝統的っぽい」曲ではあるが、歌詞はあまり穏やかではない。
『コソヴォはセルビア』ほど過激なものではなく、直接的に名指しはしていないが明らかにアルバニア系住民に対する敵意が描かれているといえる。
歌詞について
・黒いカラス(црни гавран):どう考えてもアルバニア人のことである。アルバニアの国旗を参照。招かれざる(незван)とまで言われているあたり、どうにも穏やかではない。
・メトヒヤ(Метохија):コソヴォの概ね西半分に当たる地域。本来はコソヴォと呼ばれる地域のうち、東側がコソヴォ、西側をメトヒヤと呼ぶがまとめてコソヴォと呼ばれることも多い。事実上独立している現在では機能していないが、セルビアでは今でもコソヴォはセルビア共和国内のコソヴォ・メトヒヤ自治州という行政区分として扱われている。なお、この地をメトヒヤと呼ぶのはセルビア側であってアルバニア人側は特に区別していなかったようであるが、近年はかつてメトヒヤ地域の有力な貴族であったレク・ドゥカジニにちなんで ラフシ・イ・ドゥカジニト(Rrafshi i Dukagjinit/ドゥカジニの地)と呼んでいる。
系統(корен):いわゆる「ルーツ」のこと。民族と宗教が異なるセルビア人とアルバニア人の文脈では殊更に民族系統について語られることが多い。が、どうにも日本語に訳しにくい語でもあり困っている。ルーツ(roots)は「根」のことであるので、根と訳してもいいが、単に根と聞いて民族的・血統的な「ルーツ」を意味すると察してくれる日本人がどれだけいるだろうか。
根というと地面に根差していくものであるため日本人の語感からすると、根と聞けば「子孫」は連想できても「祖先」はあまりイメージがわきにくいのではなかろうか、ということで系統と訳してあるゾ。
・コソヴォとメトヒヤの平野(Косово равно и Метохија):ここは若干意訳してあるが、正確には「平らなコソヴォとメトヒヤ」。文字通り、山や谷の少ない平地という意味であるが、うまい感じの日本語が思いつかなかった。
コソヴォについて
セルビア人がコソヴォにこだわる理由としてはさまざまなものが挙げられる。まず単純に、国土を失うことへの屈辱が反動となってコソヴォに縁がないセルビア人にもコソヴォへの執着を湧かせている面がある。
第二に、コソヴォがセルビア史的にも重要な土地であることが関係している。
セルビア人を含むスラヴ人は9世紀頃にキリスト教を受容し、特にセルビア地方のスラヴ人は現在のセルビアの中心地よりもやや南側からコソヴォに分散して住んでいたようである。
彼等は内輪の小競り合いのみならず、ブルガリア人やその他周辺の民族と抗争を繰り広げていたが、1168年にステファン・ネマニャ(Стефан Немања)が諸部族を統一し、1171年にはセルビア王に即位する。
ここで、中世におけるセルビア王国が成立し、セルビア人にとって初めての王国となるが、コソヴォは当初からセルビア王国の領土に含まれていたし、むしろ中心地ですらあった。
後にセルビアはオスマン帝国の侵攻を受け、14世紀にはかの有名な「コソヴォの戦い」でオスマン帝国軍に敗れ国を失った。この悲劇的な敗北が、後にコソヴォに対しての特別な思い入れを形成することとなった。
オスマン帝国の支配を受けたのちもセルビア人はコソヴォに住んでいたが、異教徒でもあるオスマン帝国の圧政に耐えかねてコソヴォから北方に移住するセルビア人が増えたこと、セルビア人との間に緩衝地帯を築きたいオスマン帝国がイスラームに改宗したアルバニア人を北上させコソヴォに定住させたことなどが重なり、17世紀頃にはコソヴォにおけるセルビア人とアルバニア人の人口比が逆転することになる。
後の19世紀にセルビアは独立を勝ち取り、コソヴォもまたセルビア領のまま独立国となったが、当然ながら定住していたアルバニア系住民がアルバニアに帰還するはずもなく多数派を占めたまま年月が流れていき、ついにはアルバニア系国家として事実上独立するに至った。
というのがコソヴォの歴史である。アルバニア人に咎はないものの、セルビア人からすれば「乗っ取られた」というようなものであるため今でも和解への道は遠い。
隙あらば初投稿です。こんな時間に作っちまったぜ。
今回はセルビア音楽の Суза Косова という曲。
コソヴォは現在、事実上独立した状態にあるが、セルビアは今でも独立を認めておらず、セルビア人のアイデンティティが宿る地であるコソヴォを想い続けている。
曲について
ジェリコ・パノナツ(Жељко Панонац)という歌手の持ち歌っぽい。そんなに昔の人でもなさそうなので、この曲もそれほど歴史があるわけではなく、民謡でもないので勘違いしてはいけない(戒め)
民謡風の美しい旋律と、ところどころ韻を踏んだ「伝統的っぽい」曲ではあるが、歌詞はあまり穏やかではない。
『コソヴォはセルビア』ほど過激なものではなく、直接的に名指しはしていないが明らかにアルバニア系住民に対する敵意が描かれているといえる。
歌詞について
・黒いカラス(црни гавран):どう考えてもアルバニア人のことである。アルバニアの国旗を参照。招かれざる(незван)とまで言われているあたり、どうにも穏やかではない。
・メトヒヤ(Метохија):コソヴォの概ね西半分に当たる地域。本来はコソヴォと呼ばれる地域のうち、東側がコソヴォ、西側をメトヒヤと呼ぶがまとめてコソヴォと呼ばれることも多い。事実上独立している現在では機能していないが、セルビアでは今でもコソヴォはセルビア共和国内のコソヴォ・メトヒヤ自治州という行政区分として扱われている。なお、この地をメトヒヤと呼ぶのはセルビア側であってアルバニア人側は特に区別していなかったようであるが、近年はかつてメトヒヤ地域の有力な貴族であったレク・ドゥカジニにちなんで ラフシ・イ・ドゥカジニト(Rrafshi i Dukagjinit/ドゥカジニの地)と呼んでいる。
系統(корен):いわゆる「ルーツ」のこと。民族と宗教が異なるセルビア人とアルバニア人の文脈では殊更に民族系統について語られることが多い。が、どうにも日本語に訳しにくい語でもあり困っている。ルーツ(roots)は「根」のことであるので、根と訳してもいいが、単に根と聞いて民族的・血統的な「ルーツ」を意味すると察してくれる日本人がどれだけいるだろうか。
根というと地面に根差していくものであるため日本人の語感からすると、根と聞けば「子孫」は連想できても「祖先」はあまりイメージがわきにくいのではなかろうか、ということで系統と訳してあるゾ。
・コソヴォとメトヒヤの平野(Косово равно и Метохија):ここは若干意訳してあるが、正確には「平らなコソヴォとメトヒヤ」。文字通り、山や谷の少ない平地という意味であるが、うまい感じの日本語が思いつかなかった。
コソヴォについて
セルビア人がコソヴォにこだわる理由としてはさまざまなものが挙げられる。まず単純に、国土を失うことへの屈辱が反動となってコソヴォに縁がないセルビア人にもコソヴォへの執着を湧かせている面がある。
第二に、コソヴォがセルビア史的にも重要な土地であることが関係している。
セルビア人を含むスラヴ人は9世紀頃にキリスト教を受容し、特にセルビア地方のスラヴ人は現在のセルビアの中心地よりもやや南側からコソヴォに分散して住んでいたようである。
彼等は内輪の小競り合いのみならず、ブルガリア人やその他周辺の民族と抗争を繰り広げていたが、1168年にステファン・ネマニャ(Стефан Немања)が諸部族を統一し、1171年にはセルビア王に即位する。
ここで、中世におけるセルビア王国が成立し、セルビア人にとって初めての王国となるが、コソヴォは当初からセルビア王国の領土に含まれていたし、むしろ中心地ですらあった。
後にセルビアはオスマン帝国の侵攻を受け、14世紀にはかの有名な「コソヴォの戦い」でオスマン帝国軍に敗れ国を失った。この悲劇的な敗北が、後にコソヴォに対しての特別な思い入れを形成することとなった。
オスマン帝国の支配を受けたのちもセルビア人はコソヴォに住んでいたが、異教徒でもあるオスマン帝国の圧政に耐えかねてコソヴォから北方に移住するセルビア人が増えたこと、セルビア人との間に緩衝地帯を築きたいオスマン帝国がイスラームに改宗したアルバニア人を北上させコソヴォに定住させたことなどが重なり、17世紀頃にはコソヴォにおけるセルビア人とアルバニア人の人口比が逆転することになる。
後の19世紀にセルビアは独立を勝ち取り、コソヴォもまたセルビア領のまま独立国となったが、当然ながら定住していたアルバニア系住民がアルバニアに帰還するはずもなく多数派を占めたまま年月が流れていき、ついにはアルバニア系国家として事実上独立するに至った。
というのがコソヴォの歴史である。アルバニア人に咎はないものの、セルビア人からすれば「乗っ取られた」というようなものであるため今でも和解への道は遠い。
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