人から分かる3分美術史

人から分かる3分美術史

3分でわかるルーベンス(人から分かる3分美術史207)

3分でわかるルーベンス(人から分かる3分美術史207)

動画タイプ
一般
公開日
2024年12月29日
再生回数
1320
高評価数
17
データ確認日時
2026年4月3日 13:12

動画概要

バロック期のネーデルランドを代表する画家として知られるルーベンスを紹介します。

***

こんにちは。人から分かる3分美術史。
今日はルーベンスについて勉強していきましょう。
ピーテル・パウル・ルーベンス。1577年生まれ。バロック期のネーデルランドを代表する画家として知られます。

ルーベンスは、ルドルフ2世時代のドイツ、西部の都市ジーゲンに生まれました。
ルーベルンスの家は、スペイン領ネーデルランドのアントウェルペンを出身としていましたが、ドイツに移り住んでいました。
そのためルーベンスはドイツで育ちましたが、10歳のおりに父親が亡くなると、親の故郷であったアントウェルペンに戻りました。
父親が亡くなったため、経済的な不安を抱えていたルーベンスは、13歳になると働きはじめます。そして間もなく地元の画家であったトビアス・フェルハーフトに入門。何人かの画家のもとを渡り歩いて修行を続け、1598年、21歳頃には一人前の画家として、聖ルカ組合に登録を認められました。
ルーベンスはすぐに頭角をあらわし、マントヴァ公ヴィンチェンツォ1世・ゴンザーガらの支援を受けてイタリアに留学。ティツィアーノやラファエロといった巨匠の作品に触れ、また、6歳年上の画家であるカラヴァッジオの作品にも影響を受けました。
この頃の作品が「パエトンの墜落」。1604年、ルーベンス27歳頃の作品であり、イタリア留学から帰国して間もなくして制作されました。
これ以後ルーベンスは、貴族や王侯たちから多大な評価を受け、一流の画家として活躍していくこととなります。

ルーベンスの作品を見ていきましょう。
「キリスト昇架」。1611年、ルーベンス34歳頃の作品です。男たちの躍動的な肉体と陰影の描写が、画面に劇的な効果を生み出しています。
「愛の園」。1635年、ルーベンス58歳頃の作品です。

1640年、ルーベンスは62歳のおりに痛風で亡くなります。後年にはスペイン王フェリペ4世のもとで外交官としても活躍し、ヨーロッパ各地の王侯貴族や画家たちと交流しながら数多くの作品を残しました。バロック期を一線で生き抜いた画家として現在でも評価されています。

以上!