オレたちのプロレスと格闘技の考察

オレたちのプロレスと格闘技の考察

【想定外!猪木の思惑】追悼ハルク・ホーガン 初来日からわずか2年半で、トップ外国人レスラーにした猪木の思惑とは? #猪木 #長州力 #前田日明 #タイガーマスク #プロレス

動画タイプ
一般
公開日時
2025年9月13日 10:00
動画長さ
12:55
再生回数
7773
高評価数
186
コメント数
-
エンゲージメント率
2.4%
データ確認日時
2025年9月19日 17:39

動画概要

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“超人”ハルク・ホーガンが2025年7月24日、心臓発作によりこの世を去った。享年71。黄色と赤のド派手なコスチューム、鍛え抜かれた肉体、そして「イチバァーン」と絶叫するパフォーマンスで、日本のファンにも強烈な印象を残した。だが、その名声を決定づけたのは、1983年、東京・蔵前国技館で行われたアントニオ猪木との死闘だった。舌を出して崩れ落ちた猪木の姿は、42年を経た今なお語り継がれている。
ホーガンの死を受け、改めて問いたい。アントニオ猪木の真の後継者とは誰だったのか。藤波辰爾、長州力、前田日明、武藤敬司、藤田和之――数々の名が候補に挙がるが、猪木イズムをもっとも深く受け継ぎ、世界規模で開花させたレスラーこそ、ハルク・ホーガンだったのだ。
1953年、ジョージア州オーガスタに生まれたテリー・ユージーン・ボレア。少年時代から大柄で、音楽好きの青年はロックバンドのベーシストとして活動していた。プロレスへの転機は、テレビ中継で見た“スーパースター”ビリー・グラハムの姿だった。ビルドアップされた筋肉、派手な振る舞い――「自分もあの舞台に立ちたい」と決意したボレアは、音楽をやめ、レスラーを志す。
当時、フロリダで修行していた長州力に相談したのは有名な逸話だ。
「俺もプロレスラーになってみたいんだけど」
そう言って、安アパートを訪ねてきた無名のミュージシャンに、五輪代表の実績を持つ長州は、親切にアマチュアレスリングを手ほどきする。
さらに日本人レスラー、ヒロ・マツダの門を叩き、徹底した基礎練習を積んだ。脚の骨折という試練を乗り越え、1977年に覆面レスラー「スーパー・デストロイヤー」としてデビュー。

#猪木 #長州力 #前田日明 #タイガーマスク #プロレス
【想定外!猪木の思惑】追悼ハルク・ホーガン 初来日からわずか2年半で、トップ外国人レスラーにした猪木の思惑とは? #猪木 #長州力 #前田日明 #タイガーマスク #プロレス