オレたちのプロレスと格闘技の考察

オレたちのプロレスと格闘技の考察

【新日・全日でトップに立った男】ハンセンだからこそ語れる猪木と馬場の大きな違いとは?  #猪木 #長州力 #前田日明 #タイガーマスク #プロレス

動画タイプ
一般
公開日時
2025年9月27日 10:00
動画長さ
13:19
再生回数
2万9543回
高評価数
438
コメント数
-
エンゲージメント率
1.5%
データ確認日時
2025年10月4日 00:38

動画概要

【サブチャンネル開設!】 時事ネタ 話のネタにどうぞ...↓
   / @話のネタにどうぞ  

2022年9月18日、日本武道館で行われた全日本プロレス50周年記念大会に合わせ、“不沈艦”スタン・ハンセンが久しぶりに来日をはたした。
現役時代は1970年代半ばから2001年1月の引退まで実に25年もの長きにわたり日本のプロレス界トップに君臨し、来日回数は131回を誇る。

そんなスタン・ハンセンが日本でスターダムにのしあがったのは、
2022年に亡くなったアントニオ猪木との抗争がきっかけだ。

だが初来日は1975年9月、テリー・ファンクのブッキングで、全日本プロレスへの参戦だった。
当時はまだ若手で、特別なインパクトを残すことなく帰国したが、日本の風景を「ゴジラの映画で見た街並みのようだった」と語り、トイレ事情に驚いたことなど、強烈なカルチャーショックを受けたと振り返っている。
「まさかその後、25年もの長い間、日本で闘い続けることになるとは、その時は夢にも思わなかったね」とハンセンは語っている。

そして1977年1月からの新日本プロレス参戦で“大化け”することになる。
それまでハンセンの休むことなく暴れ回るスタイルは、対戦相手にケガ人が続出したこともあり、本国アメリカでもプロモーターに敬遠され、なかなかブレイクできずにいた。事実、この前年にハンセンはニューヨーク地区の団体WWWF(現WWE)でヒールとしてメインイベントに抜擢され初めて大きなチャンスをつかむが、現地のスーパースターである“人間発電所”ブルーノ・サンマルチノの首にケガを負わせ、長期欠場させてしまっている。

プロレスは興行である以上、対戦相手、ましてやメインイベンターをケガさせてしまうことは御法度。「実力はあるが不器用で使いにくいレスラー」というのが、当時のハンセンの評価だった。

だが、そんな“あぶれ者”だったハンセンを最大限に活かしたのが、アントニオ猪木率いる新日本プロレスだった。新日本は1977年1月にハンセンを初参戦させると、「サンマルチノの首をヘシ折った」という“悪名”を逆に宣伝に利用し、1月7日、埼玉県・越谷市体育館で行われた「新春黄金シリーズ」開幕戦で、いきなりトップである猪木と対戦させる。この初対決はハンセンの反則負けで終わったが、猪木と闘うことによって、ハンセンの才能がついに覚醒するのだ。

#猪木 #長州力 #前田日明 #タイガーマスク #プロレス
【新日・全日でトップに立った男】ハンセンだからこそ語れる猪木と馬場の大きな違いとは?  #猪木 #長州力 #前田日明 #タイガーマスク #プロレス