koichi hozan

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春日大社の桜、2026年まとめ

動画タイプ
一般
公開日時
2026年4月18日 06:24
動画長さ
25:04
再生回数
1270
高評価数
0
コメント数
-
エンゲージメント率
-%
データ確認日時
2026年4月24日 05:38

動画概要

作品解説はnoteをご覧ください。
https://note.com/hozankoichi/n/n3da79...
noteの記事を公開してから、体調不良で倒れました。
無理をしてラジオの生放送をこなし、かなり無理をして上映会を開催した結果、しばらくお休みします。
体が不調なのに桜の時期だからと3週間以上も無理を続けた結果がこの有様です。命を削って撮影すると言うのは簡単ですが、実際にはかなり辛い。
上映会の帰宅後に疲労と相まって更に体調悪化、これで死ぬのかと感じました。
耳が聞こえなくなり、目がかすみ、声が出ない。その上に排便障害で便失禁。でも体が動かずに意識が遠くなる。
深夜なのに遠くで誰かの話し声が聞こえました。
直感的にあの声は死後の世界のものだと分かりました。
その声(音)の感じから、私は穏やかな世界に旅立つのではなく、言わば地獄へ落ちるのだろうと。
私の人生、もっと誠実に生きれば良かったと後悔しました。
死ねば無の世界へ落ちてしまい、何ひとつなくなってしまう。
私の記憶も私の思いも、私に関するすべての物が無になる。
私は死にたくはないとは思いませんでした。
もっと生きたいと祈りませんでした。
ただ思ったのは、この病の逃げられない苦しみから解放されるのだと、命を削って撮影し、命と引き換えに消えるのは生きる苦しみ。
でも、朝が来て私は生きていました。
不思議な気持ちでした。あれほど辛くても天は死なせてはくれません。
まだ生きろと言うことなのでしょうか。
いや、神は私などは見ていない。
地獄に落ちるのではなく、ここが地獄なのかと思いました。
癌で倒れてから、毎日が地獄だったのでしょうか。
でも、その中に、苦しみの中に喜びや幸せを感じたのは事実です。
苦しみと喜びを天秤にかけても意味がありません。
生きてきた中でたとえ苦しみばかりだとしても、ひとつでも喜びがあれば、私の人生は無駄では無かった、と思うことにしました。
現実的には、この日の上映会を誰に迷惑かけることなく無事に終えることができて本当に良かった。最後になったとしても桜で終われて本望です。

こうして誰に宛てる訳でもなく、気持ちを綴っていますが、そろそろ座っているだけでも気分が悪くなってきたので、このあたりで終わります。
春日大社の桜、2026年まとめ