人から分かる3分美術史

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3分でわかるワシリー・カンディンスキー(人から分かる3分美術史209)

動画タイプ
一般
公開日時
2025年10月8日 01:17
動画長さ
03:00
再生回数
210
高評価数
13
コメント数
-
エンゲージメント率
6.2%
データ確認日時
2025年10月13日 23:09

動画概要

こんにちは。人から分かる3分美術史。
今日はワシリー・カンディンスキーについて勉強していきましょう。

ワシリー・ワシリエヴィチ・カンディンスキー。1866年生まれ。ロシア出身の画家であり、抽象絵画の父として知られます。

カンディンスキーは、アレクサンドル2世時代のロシア帝国、モスクワに生まれました。裕福な商人の家庭に育ち、幼いころからピアノやチェロといった音楽に親しんだといわれます。しかし大学では法律や経済学を学び、卒業後も大学で助手として働きました。
カンディンスキーの転機となったのが、1896年、30歳の頃に観たクロード・モネの「積みわら」でした。
この作品に強い衝撃を受け、またモスクワ北部の村々を調査するなかで、各地の民俗芸術や部族の装飾に触れたことも重なり、芸術家を志すようになったと言われます。
こうしてカンディンスキーは、30歳でドイツのミュンヘンに渡り、本格的に美術の勉強を始めました。カンディンスキーの初期の作品として知られるのが、「サン=クルー公園」。1906年、カンディンスキー40歳頃の作品です。その後のカンディンスキーは、アール・ヌーヴォーやフォーヴィスムなど、当時の新しい芸術運動の影響を受けながら、独自の表現を模索していきます。

カンディンスキーの作品を見ていきましょう。

「コンポジション IV」。1911年、カンディンスキー45歳頃の作品です。この頃から彼は、写実的な描写ではなく、音楽のように抽象的な色彩と形によって表現をしようと試みはじめました。またこの時期に、フランツ・マルクらとともに「青騎士」運動を始めています。
「コンポジションVIII」。1923年、カンディンスキー57歳頃の作品です。先駆的な芸術学校であるバウハウスで勤めていた時期の代表作として知られます。

1944年、カンディンスキーは78歳で亡くなります。後年のカンディンスキーは、ドイツでナチス政権が台頭するなかでバウハウスが閉鎖。フランスに移住して晩年まで活動を続けました。現在でも、抽象絵画の創始者として評価されています。

以上!
3分でわかるワシリー・カンディンスキー(人から分かる3分美術史209)