おかむら村長の昭和野球塾

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【坂巻明 日本ハム】二松学舎大付高から青山学院大を家庭の事情で中退し1年後にドラフト外でファイターズ入団。5年目までは1軍登板なく6.7年目に1軍登板機会掴み8年目29歳でブレイクの遅咲き投手

動画タイプ
一般
公開日時
2026年4月24日 21:01
動画長さ
07:02
再生回数
4459
高評価数
114
コメント数
-
エンゲージメント率
2.6%
データ確認日時
2026年5月1日 04:41

動画概要

坂巻明投手は、二松学舎大付高から青山学院大学へ進学するも家庭の事情で中退。その後一度は野球から離れかけるが、プロへの夢を捨てきれず入団テストを受け、1976年ドラフト外で日本ハムファイターズに入団した苦労人右腕である。

プロ入り当初は長く二軍生活が続き、一軍定着には時間を要した。転機となったのは1982年で、この年に一軍初登板を果たすと徐々に登板機会を増やしていく。翌1983年には防御率2点台と結果を残し、首脳陣の信頼を掴み始めた。

そしてキャリアのハイライトとなったのが1984年シーズンである。先発ローテーションに食い込み、38試合に登板して7勝6敗、防御率3.33を記録。7完投・1完封とスタミナを発揮し、チームの投手陣を支える存在となった。この年は規定投球回にも到達し、坂巻投手にとって唯一の充実したシーズンとなった。

しかしその後は故障もあり再び登板機会が減少し、安定した成績を残すことはできなかった。それでも1980年代前半を中心に中継ぎ・先発の両面で起用され、チームを下支えする役割を担った。

日本ハムには1977年から1987年まで在籍し、プロ11年間を同球団で過ごしたのち、1988年にロッテオリオンズへ移籍。同年限りで現役を引退した。

引退後はロッテで打撃投手、スコアラー、スカウトなどを歴任し、長年にわたり球界に貢献。現役時代以上に裏方としてのキャリアを築いた点も特徴的である。

通算成績
72試合登板 9勝10敗2S 防御率3.84。
【坂巻明 日本ハム】二松学舎大付高から青山学院大を家庭の事情で中退し1年後にドラフト外でファイターズ入団。5年目までは1軍登板なく6.7年目に1軍登板機会掴み8年目29歳でブレイクの遅咲き投手