カジサック、『はねトび』の激ヤバ裏話の数々を告白 「ゼロ距離で『殺すぞ』」「肺の穴を閉じろ」

5月7日、「たっくーTVれいでぃお」(登録者数316万人)が「【カジサックコラボ】平成の人気番組『はねるのトびら』が終わった理由が色々と闇深い件について」と題した動画を公開しました。ゲストとして「カジサック」(同244万人)が登場し、番組終了に至る経緯や総合演出の人物像、自身が抱え込んでいた心身の異変について、過酷な現場の内幕を赤裸々に振り返りました。

過酷なスケジュール

『はねるのトびら』は2001年4月にフジテレビの深夜枠でスタートし、2005年にゴールデンへ昇格、2012年9月26日に最終回を迎えた人気バラエティ番組です。コントとゲーム企画を中心にバラエティ黄金時代の一翼を担い、歴代最高視聴率は2008年の関東24.1%、関西25.4%を記録しています。

そんなはねトびにレギュラーとして出演していた、カジサックことキングコングの梶原雄太が番組の裏側について語りました。

当時の収録の入り時間はお昼の12時で、そこからコントのリハーサルとネタ作り、練習が始まり、終わるのは翌朝6時前後だったそう。カジサックは、「コントとかも大体15本ぐらいは撮らなくちゃいけない。2本撮りなんで」と振り返ります。朝、メンバー全員でラジオ体操をしてからそのまま収録に突入し、終わるのは深夜24時。この36時間ぶっ通しのスケジュールが、2週間に1度のペースで組まれていたといいます。

はねトびは当時珍しくドラマ仕立てでのコント番組だったことからセッティング時間が長かったそうですが、ボケ陣は次のコントのボケを考える必要があり、楽屋で仮眠を取ることもあまりできなかったそうです。

こうしたスケジュールは他のテレビ局でもみられていたわけではなく、当時バラエティに力を入れていたフジテレビに特有のものだったとのこと。

人気番組の裏側

その現場を統率していたのが、総合演出を務めた近藤氏です。同じくフジテレビの『めちゃ×2イケてるッ!』のディレクターも兼任しており、めちゃイケの収録とはねトびの収録が連続していたことから、毎回収録には既に何十時間も寝ていない状態で来ていたのだとか。収録中、近藤氏の前にはカフェイン内服液の「エスタロンモカ」が10本近く置かれていたといいます。

近藤氏のスパルタぶりを象徴するエピソードとして語られたのが、自身とロバート・馬場のアメリカ人設定のコントのリハーサルです。2人が近藤氏の目の前でリハをしたところ、途中で近藤氏が寝てしまったそう。しかし、ADから声をかけられて起きた近藤氏は「もう1回だよ」と指示。なんとこれを2時間繰り返したといいます。

椅子を持ち上げてスタッフを追いかけ回す光景も日常的にあり、カジサック自身はゼロ距離で「殺すぞ」とはっきり言われたことがあるのだとか。

それでも「僕は本当に大好きなんですよ。近藤さん、大リスペクトしてて」と語ります。「今言われるとパワハラだな・・・って」となる部分はあるとしつつ、「(当時は)それが当たり前だし、その熱があったからはねるのトびらってあそこまで行けたっていうのは間違いないんで」「『あれ嫌やったな』っていう感覚ではないんですよ」「怖いというよりかはどっちかって言ったら自分が悪いって思ってたんで」と振り返りました。

総合演出との関係

たっくーから「それって僕はちょっと洗脳チックな状態に陥ってるんじゃないかなとは思うんですけど」と指摘されると、「そう言われてもおかしくなかったかも」と認めつつ、「僕はずっと徹底してるのは、あれはいい思い出だし、あれがあったから今の自分がいるってのはあるので」と話します。また、「洗脳されてませんからね」と念を押し、笑いを誘いました。

そんなカジサックが「唯一『はぁ?』っと思った」と語るのが、気胸を発症した際の出来事。気胸は肺に穴が開く病気で、胸痛、咳、息切れといった症状があります。療養のため一度だけ収録を休んだところ、次の収録で復帰した際、近藤氏から「お前なんで肺に穴開けてんだよ」と至近距離で詰め寄られたそう。さらに近藤氏は「閉じろ。今すぐ穴を閉じろ」と命じてきたといい、この一言にだけは「はぁ?」と思ったと振り返ります。しかし、当時はそれを口にできる空気ではなく、「すいません、頑張ります」と頭を下げるしかなかったそうです。

しかし、そんな近藤氏は、カジサックがキングコングに対する周りからの期待やプレッシャーに押しつぶされて失踪した際、唯一カジサック宛てに手紙を書いてくれた人物なのだとか。そこにはカジサックへの心配や、「はねるのトびらは残すから」という熱いメッセージが綴られていたそうです。

はねトび終了の真相

2012年に終了したはねトびですが、実はそれよりも早く終わる予定だったとのこと。カジサックによると、視聴率の低迷に加え、番組の存続を決定するフジテレビ編成局の「お偉いさん」が変わったこともあり、番組の存続は危ぶまれる状態でした。

番組を終わらせたくなかったカジサックは、フジテレビのある人に「編成局長に直談判させてほしい」と相談。その人に気持ちが伝わり「じゃあ僕から話しておく」と言ってくれたそうで、その結果、延命する代わりに視聴率のノルマが課せられたと話します。そのため、ある時期から、人気コーナーだった「ほぼ100円ショップ」や「ギリギリッス」の割合が多くなっていったという事情があるそうです。

はねトびで一番キツかった瞬間は

たっくーから、はねトびの中で一番キツかった仕事について聞かれたカジサックは、コントの収録中、最後のオチでのウケが微妙だったときに、その部分を何回も撮り直したことを挙げます。オチがハマらなかったときは、近藤氏がやってきて、2人でオチを相談して練り直すそうですが、現場で爆笑が起こらないとOKにならないらしく、最長で2時間半ほどやり直しを繰り返したといいます。

カジサックは「やっぱり現場の温度感とかもろもろ。寝てないしとかいろいろ重なって、何やってもウケへんみたいな」「でもあの番組はウケるまでやるんすよ。どんだけ押しても」と話し、「めっちゃキツかった」と振り返ります。最終的には、オチでスベったものの、その瞬間におならが出てしまったそうで、スタジオでは爆笑が起こり、なんとかOKが出たのだとか。カジサックは思わず自分のお尻に向かって「ありがとう!!」と感謝したといいます。

特に自身と北陽の虻川はこうした撮り直しの苦しみを多く味わったそうですが、ロバート秋山、ドランクドラゴン塚地、インパルス板倉については「やっぱりスタイリッシュに行くんすよ。ストーンっていつも笑い起こして終わるんすよ」といい、「俺とアブちゃん不器用やから、なんか失敗するんすよ」「そういうのが一番俺は辛かったかな」と振り返りました。

コメント欄では

梶原が精神壊れたみたいな話聞いたことあるけど、そりゃ壊れるわ

子供の頃テレビでゲラゲラ笑っとったけどこんなにしんどい思いしてたなんて思わんかったな
大人になった今でも頭に残ってるぐらい素晴らしい番組やった

はねるのトびらは当時欠かさずリアタイするくらい好きだった。その裏はとんでもない闇だった。
けど、それくらい全力だったからあの神番組があったんだなと思った

といった声が多く寄せられています。

動画ではこの他にも、母親の生活保護受給報道の真相、メンバー間の不仲や上沼恵美子の一言とラファエルへの直接DMから始まったYouTube参入の経緯など、カジサックが多岐にわたる裏話を語っています。

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