解散から3年半、みのがカリスマブラザーズの歴史を語る

東海オンエアへのドッキリで初めてのヒット

しかし活動初期は伸び悩み、試行錯誤を続けていたとのこと。編集技術に定評がある「瀬戸弘司」(同166万人)の動画のカット数をすべて数えたりもしていたそうです。

そんなとき、「ヒカキン」(同1090万人)らが所属するUUUMがYouTuberの支援サービス「UUUMネットワーク」の募集を開始し、カリブラは見事3000組のうちの1つに選ばれることに。とはいえ、再生数は伸びた動画でも1000回程度だったそうです。

メンバー間でも衝突が起きる中、一時帰国していたジョージが「へきトラハウス」(同119万人)との接触に成功し、「東海オンエア」(同663万人)の動画に出演することに。さらにこれをキッカケに親睦を深めた東海オンエアを「シアトルに来ないか?」と誘います。

2015年5月、渡米した東海オンエアにカリブラは「コカインドッキリ」を敢行。これが「初めてのヒット」となりました。みのは、このコラボで登録者数は8000~1万人まで増加、カリブラは「コンスタントに数字」が取れるようになり、さらに「ファンがつきはじめた」そうです。

カリブラは、UUUMとの専属契約(本所属)を勝ち取るために「アメリカ西海岸縦断の旅」を東海オンエアと共におこない、見事成功。登録者も4~5万人まで急増し、その後UUUMの本所属が決定。2015年11月、UUUM所属を報告する動画でみのの正式メンバー加入も発表されました。ちなみに本人はそれを聞かされておらず「ドッキリ」のようなものだったのだとか。

ちなみに、UUUMネットワークからの昇格組は他に「水溜りボンド」(同403万人)しかおらず、カリブラは「ライバル視」していたそうです。

ブレイク、そして日本への帰国

カリブラは2015年夏に本格的にブレイク。登録者数は30~40万人に達します。

しかし、そこで初めての炎上も経験します。「PDRさん」(同121万人)に「カリブラの英語は間違っている」と指摘され、武器の1つであった英語が使えなくなり、ブランディングの変更を余儀なくされたといいます。
(関連記事「PDRさん、カリスマブラザーズに2年越しの謝罪をするも、まさかの展開に」)

そして2017年、ビザの問題や日米の往復による疲弊などを理由に本拠地を日本に移したカリブラ。みのは「日本での大人1年生」で、運転免許や住まい、クレジットカードなど生活における重要なものを持っていなかったといいます。イベント出演や案件、動画撮影、編集などの「殺人的スケジュール」の中で、生活基盤を築いていくのは困難だったとか。

アメリカというコンテンツを失い方向性にも悩んだそうですが、「俺たちの素を出せばいいじゃないか」と気づき、「ちょっと身近な下品なお兄さんのグループ」となったカリブラ。平昌オリンピックの聖火ランナーを務めるなど「国際派のクリエイター」としても活動も多くなり、当時は「40~50連勤当たり前」の多忙な日々を送っていたそうです。

2018年3月、チャンネル登録者数が100万人を突破。みのは「一人前のYouTuberになれた」という感慨があったそうです。みのは「ヒカキンさんと動画を撮りたい」という夢を抱いており、100万人達成をきっかけにコラボを打診したところ、承諾が得られたそう。

ところが、撮影の1週間前ほどからヒカキンが猫を飼い始めます。重度の猫アレルギーで「入院したこともある」というみのは、結局「玄関先で挨拶だけして退散」したのだとか。これにはみのも

ビターエンドですよね。もうちょっとしっかりちゃんと撮りたかった。

と悲しげな表情を見せました。

解散の理由は?

カリブラは2019年1月に突然解散を発表しました。みのは解散の理由については語りませんでした。

もうちょっと時間がかかるかもしれないですね、このことについて話すのは。どっか機会があったら僕は全然話したいとは思うんですけど。

コメント欄では、

みのを見てると新しいことを始める勇気が湧く

カリブラ好きだったから末期の地獄みたいな空気は見てて辛かった ただ解散動画のコンビニ店員みたいな挨拶は爆笑した

下積み時代のカット数を数えたり動画を研究したりしたのを聞いてすごく勉強熱心なのが伝わってきた…
やっぱり生き残るYouTuberはカメラの前ではぶっ飛んでても根は真面目でしっかりしてるんだなぁ

と様々な声が寄せられています。

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